top of page

アドベント③「そのまことの光」

聖書:ヨハネ福音書1章1〜14節


一年を締めくくろうとしている今、改めて今年の初め、元旦に心を傾けた聖言を思い起こしているところです。

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」

この年は光から語り掛けが始まりました。私たちが歩む先を照らす光です。ヨハネはその福音書の冒頭で、キリストのことばを光に例えたのでなく、主イエスさまご自身をことばになぞらえ、そしてそのイエスさまの御手のうちにあるいのちを、ヨハネは光であった、と説き明かします。「詩篇119篇が「みことばの光」を謳っていたとすれば、ヨハネは「いのちの光」を証ししていたということができるかもしれません。今朝はクリスマスに思い巡らせる光について、私たちの世界を照らす光も然ることながら、私たちを生かすいのちの光に心を傾けるように導かれています。「すべての人を照らすそのまことの光。」


1ことばであられるイエス、まことの光

そのまことの光についての説き明かしの出発点は「ことば」です。「初めにことばがあった」。ことばには意味があり、意思を伝えます。神さまには意味が、御心があり、その御心は伝わる種類のもの。誰にも分からない謎ではありません。

しかもこのことばであられる神さまは、一つの具体的なイメージ、間違いようのない天地創造の物語よって明らかにされています。この神様は創り出し、生み出す意思をお持ちで、そのことばにはこれまでになかったものを創り出し、生み出す力、そして生み出されたすべてを豊かに生かす力が溢れているのです。それだから「この方にはいのちがあった」と続くのです。私たちの文化には「ことだま」という発想があります。ことばには何らかの力が宿っていて、そのことばの通りに実現させるという考え方です。それはある種の迷信です。聖言が示す真理には、迷信とは一線を画する真理が力強く刻まれています。人が発することばに力が、いのちがあるのではない。ことばを発するその方に力は宿り、いのちが溢れているのです。

そしてこの方が持っておられるいのち、この方が与えなさるいのちには絶大な力が備わっています。それだからこのいのちは闇の中で照り輝き、闇に打ち勝つことができるのです。闇に象徴される勢力を圧倒するいのちです。それでこのことば、そのことばに宿るいのちは「光」に例えられるのです。「このいのちは人の光であった」。クリスマスに祝う「そのまことの光」、それは神さまの御心を明らかにすることばであり、そのことばには無からさえ有を生み出すいのちに溢れています。


2 すべての人を照らす、まことの光

さて、このまことの光について一つ細かいことに聞こえますが、今朝改めて耳を傾けておくように導かれていることがあります。それはこの光が「人の光」であることです。漠然と世界を照らす光ではなく、「そのまことの光」は「人の光」として紹介され、9節で改めて「すべての人を照らす」光であることが告げられています。ここに使徒ヨハネによる渾身の告知が放たれます。「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。」

主イエスさまは、人を照らす光、人に向けて放たれる光としてお出でになられたのです。この福音書には次から次へと主イエスさまの光が当てられる人々の物語が綴られます。そして光に照らされる人々はすべて、そのいのちに押し出されて新しい力に溢れて歩み出した、そのような記録が綴られています。このお方は決して選り好みをなさいません。ご自身の方からは人を選ばれない。「すべての人を照らす」とはこのことを保証する宣言です。ヨハネは自らの目でその事実を確かめたのです。

御霊が記させなさったこの福音書を通して、ヨハネのメッセージは、今もなお力強く私たちに迫ります。私たちが福音書に目を留めるとき、聖書に心を傾けるとき、教会で聖言に耳を傾けるときに、すべての人を照らすそのまことの光が、いのちを携えて私たちの前に現れなさっているのです。


3 受け入れるように招く、まことの光

さて、まことの光と謳われたお方は、すべての人が歩むこの世を、「自分のところ」と仰せになって慈しまれ、お出でになられました。ところがこの世はいのちの光について「知らなかった」だけでなく「受け入れなかった」という現実が重く影を落とします。皮肉なもので、いのちの光を拒んだ人々がそのまま力を失い、弱っていったかというと決してそうではなく、ますます力を増して、いのちの光に対して敵意を燃やし、しまいに主イエスさまが存在していること自体に我慢ができず、十字架につけて亡き者とします。光に照らされて、なるほど彼らもまた力を増し加えますが、その資質と向かう方向は、闇から闇へと突き進むものです。

しかしヨハネは決して悲観的ではなく、むしろこの上なく前向きです。12節に大きな「しかし」が刻まれ「この方を」、「そのまことの光」を「受け入れた人々」について嬉々としてヨハネは書き綴ります。いのちと力の源である「そのまことの光」を、すべての人は受け入れるように、信じるように招かれているのです。イエスさまはこう告げておられます。

「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」

信仰を働かせてお招きに応じましょう。



Kommentare


Featured Posts
Recent Posts
Search By Tags
Follow Us
  • Facebook Classic
  • Twitter Classic
  • Google Classic
bottom of page