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「御座に着かれた御子」[ヘブル書連講02]
- 受難節(2)
- 2019年3月17日
- 読了時間: 2分
聖書:ヘブル書1章1〜14節
朗読箇所は先週と同じですが、先週は1〜4節までで時間切れ。
それで今朝は5節以降、詩篇引用のオン・パレードを読みました。
フォーカスはやっぱり110篇1節の「右の座に着いていなさい」。
今回は私もずっと気になっていたことに目を留めました。
何でキリストをわざわざ御使いたちと比べる?
当時の御使い信仰というか、御使いという存在に対する
結構自然な受け入れというのがあったようだ、という解説が
しっくりきたかな。
人間にとって目には見えないけれども、間違いなく日々の生活や
考え方を左右する力、神とは言わずとも人の手には負えない力。
現代の私たちは「御使い」なんてあまり意識したり、恐れたり
しないかもしれません(そもそも神さえ恐れなかったり...)。
でも目には見えないけれども、自分の人生を支配する得体のしれない
力からの圧を感じながら進んでいる人は少なくないのでは?
ヘブル書の記者はそんな当時のキリスト者たちに、
大丈夫、右の座に着いておられるイエスさまは、
そんな目に見えない力よりもさらに優れておられるから、と
励ましているのです。
実際、この手紙の残りはそのイエスさまの姿やみわざを
丁寧に仰いでいきます。一緒に読みましょう!
そして前に進む力を頂きましょう。礼拝にぜひお出かけください。
※来週は私、台湾に出かけていて教会を留守にします。
でも、美雪牧師が講壇を守りますから、乞うご期待!!

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